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加害の心理 3

「 御二人のご家族は? 」と警察が聞くと、自転車のお爺さんと眼鏡のおばさんが手を上げた。
そうだったのか、と思った。
我が子に落ち度はない、加害者に悪意があったに違いないと思い、過剰なまでに責めたのは親族心情だったのか!
野次馬に心は無い、良いこと言ってくれるだけマシ、なんて思っていた俺は浅はかだった。


今回は警察への通報から到着まで1時間以上掛かり、被害者の状況が分からない為、現行犯逮捕&連行にはならないのだと言われた。
すぐに実況検分が始まった。
交差点のどこから発進し、どの地点でハンドルを切り、どういう角度でカーブに侵入し、その時どこを見ていたのか、どこでぶつかったのか、などを1つ1つ、推測と痕跡と俺の証言から突き詰めて行く。
その瞬間の記憶はほとんど残っていないし、ただただ寒さが辛いので、そうですね多分そうですねと繰り返していたら、警察の人の詰問口調は無くなっていた。
まずは横断歩道から1メートル程離れた所に血痕が見つかったから、ここまで飛ばされたと仮定。そこを指差すように言われ、写真を撮られる。
車はバンパーが内側に食い込み、ラジオのアンテナが折れ、ボンネットの左側に汚れが擦り取られた跡があるから、前方左側に乗り上げたと仮定。奥さんは左腕を痛がっていたから話が合う。再び写真を撮られる。
横断歩道内にブレーキ痕があり、車体幅と血痕位置が合うので、俺の車のに間違いない。ブレーキ痕の長さから速度と空走距離が割り出され、カーブ侵入角度も分かる。再び写真。
肝心の「 その時どこを見ていたのか 」については全く記憶に無く、Aさん家の外壁だと思います、と答えた。


1時間程でそれは終わり、車の中で待っていて良いと言われた。
野次馬は次第に減っていたけれど、Aさんは震えながら見守っていた。Aさんは
「 電話使います? 何か温かい物持って来ましょうか? 」と言ってくれた。
俺は携帯を借りて家に連絡し、震えてる方が楽な気がするからと飲み物は断った。
警察の人は更に細かく距離を計り、地図を作り、視界がどんなものか交差点の真ん中で写真を撮ったりしていた。
警察は、被害者と加害者の間に立って賠償と刑罰の証明をするだけではなく、その場での再発防止まで考えるのが仕事なんだなぁと改めて思った。


[検証結果]
事故発生状況図◆事故発生時刻:19:45分頃
◆事故状況:MASは信号が青になると時速約25キロまで加速し、Aさん宅を見ながらカーブに侵入した。
カーブの曲がり方はOut to Out。横断歩道上の歩行者に気付き、ブレーキを踏んだが間に合わず、前後で並んで歩いていた夫妻をはねた。(この辺りは記憶に無い)
◆天候:曇り
「 今日は曇りで間違いないな。見てみろ 」と言われ、見上げると、月が顔を半分出してこっちを見ていた。


本当は病院に見舞いに行かなければならないけど、警察が確認した所、夫妻は応急処置をして帰ったという。旦那さんは無傷、奥さんは鎖骨にヒビが入ったらしい。
今日持っていなかった車検証と自賠責保険証明書は、後日警察に持って行くことにし、帰宅が許された。
そして警察の車の眩しいライトに照らされながらノロノロ帰った。
事故を起こした犯人が、逃走後に自損事故を起こす気持ちが分かったような気がする。
事故を起こす前まであった、距離感覚やアクセルの踏み加減が信じられなくなり、ふわふわした気持ち。
そして加害事実が本当かどうか、被害者の痛みを知りたくて、壁に突っ込みたくなる。
加害者は運転に慎重になるどころか、次の事故を引き起こす可能性が高くなるような気がした。

2007年04月01日 23:54 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(2) |

加害の心理 4

[3月29日(木)PM22:30分頃]
家に着くと、もうオネムの時間だろうに、犬が尻尾を振って駆け寄って来た。張り詰めていたものが切れそうになった。
外に長くいたせいか、テレビの画面が毒々しく見えた。
ウチの両親は電話を受けてすぐ、病院にお見舞いに行ってくれていた。俺には、普段から乱暴な運転してるからこうなるんだ、相手には誠意見せるしかないぞ、と繰り返し言った。
「 ところで向こうのお母さん(眼鏡のおばさん)に ”うるせぇな ”って言ったんだって? そういうの絶対ダメだからな。とにかく何言われても頭下げないと 」
そう言われ、ドキリとした。
現場ではおばさんは、
「 歩行者は歩行者できっと、青になったからって平気で渡ったんだよねぇ。昼と同じ感覚でいたんだよね。反射する物付けてなかったんでしょ 」
と言って被害の理由を探していたように見えたが、そうではなかった。怒りの矛先をどこに向けたら良いのかを探していたのだ。そして見つかった。
恨まれる‥‥咎められる‥‥許されない‥‥加害者になった途端、被害者側の皆の負の感情を一身に受けなければならない。手続きだけでは済まされない。
俺はもう、世間に非難されて然るべき悪人になったんだ‥‥縁を切ってスッキリなんて行かないんだ。
相手方の皆に笑顔が戻るまで、どれ位の時間が掛かるのか想像出来ない。上手く取り繕って和解する自信も無い。
大変なことをしてしまったな、と思った。


被害者宅に電話すると旦那さんが出て、明日また病院に行くから見舞いは明日の午後にして欲しい、と言われた。口調は穏やかでホッとしたが、旦那さん以外の人達の心情が知れなくて逆に緊張が高まった。
それから保険会社と、派遣先の会社と、派遣元の会社に事故の報告をした。
派遣先の会社(職場)には緊急連絡網があって、警備員の人が総務部長と俺の上司に連絡をしてくれた。
警備員の人は「 起こってしまったことはしょうがないと思って、気を落とさないようにね 」と言ってくれた。

俺はそうは思わなかった。不幸な出来事だなんて思ってはいけない。
これは俺にとっての試練だよ。悪い習慣、悪い考え方を続け、実際悪いことも数々行い、コソコソ生きて来たから、そろそろ変えなきゃダメだよ〜って、御先祖様だか神様だかが教えてくれたんだ。
ゴキブリはゴキブリらしく、小さな幸せに満足して生きてりゃ良いと思ってたけど、それではダメなんだ。
でも人に迷惑掛けたら終わりだね。
いや、まだ体は思い通りに動く、心臓は鼓動を続けている。
まだ生きてても良いってことだ。改善の余地があるってことだ。


生きる? この件が無事解決したとして、それから何があるというのだ?
ようやく借金を無くして、いくらか貯金が溜まったと思ったら、もう羽が生えて飛んで行くではないか。
4月は歯医者で新しい義歯を作って更に5万位かな。次に踏み出す資金が溜まらない、溜まる気がしない。
めんてなんすめんてなんす
雨を不快に思い、晴れの日を幸せに思い、一向に芽が出ないことに気付きながら生きて行く?
同じことになるんだろうな。溜めても溜めてもまた試練。乗り越えて乗り越えて清らかな死! ムナシィ〜!
なんかもう良いかな。良い機会かもな。
罪の意識に苛まれて、ではなくて、ダメ人生を終えるきっかけと考えて自殺。勝手な死。
そんな風にしたらどんなに愉快だろう、と思った。



*当時の心境です。

2007年04月04日 23:59 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(2) |

加害の心理 5

[3月30日(金)]
翌日の朝刊では実名報道されていた。
現場には記者らしき人はいなかったから、このネットワークはすごいと思った。
会社での派遣社員の評判は良くない。ゴミの不始末、うっかりの作業事故、盗難事件などはいつも派遣社員の仕業だ。
お手本とまでは行かなくても、いくらかマシな派遣社員でありたいと思っていたが、結局ダメだった。真面目にしている仲間に申し訳ないと思った。
加害の証明


[AM8:00分頃]
今日は休ませて下さいと職場の上司に電話すると、予想通り、厄介なことを起こしやがって、という口調で返された。忌引の休みであってもイラつく人だから尚更だ。
「 すいませんでした 」と言っている最中にガチャリと切られた。
それからは電話ラッシュだった。
警察の人と1回、
派遣会社の人と3回、
保険会社の人と3回、
保険会社指定の自動車修理工場の人と1回
やり取りし、午前中はあっという間に過ぎた。
事故状況を繰り返し説明していたら、自分はたまたまの不注意ではなかったような気がした。
例えば物を詰め込んだダンボール箱を放り投げたらどうなるか。箱は地面に落ちて潰れ、中身は飛び出して傷が付く。周りに人がいたら大迷惑。
そんな当たり前のことだが、箱の持ち主は自分、手を休める為に放り投げたのも自分なのだった。
つまり、歩行者確認を忘れる位に意識が低下していたなら、最初から運転しない方が良いということ。運転にはそれ位の覚悟が必要なのではないか。
疲れているなら運転すべきではない。悩みや不安・気掛かり・体調不良があるなら運転するべきではない。花粉症の人も本当は‥‥。
いつのまにか俺は、車を脚力増加装置のように思い込んでいたが、実はアイススケートと同じで、危険に満ちた遊戯なのだと思う。目的地に早く着くのはラッキーで、ひとり遊びに満足してはいけないのだと思った。


[PM12:20分頃]
警察署の交通課に車検証と自賠責保険証明書を持って行った。
受付の裏の面接机の所に呼ばれ、改めて事故の原因を聞かれ、結果を知らされた。
相手は全治何ヶ月か、どのような処分を望んでいるのかまだ確定していないから、追加の聴取や懲罰の言い渡しはまた後日になるらしい。4月末頃までに何度か呼び出すかもしれないと言われた。
相手の訴え方次第で罪の重さが変わる、10対0の事故に加害者の言い訳は通用しない、だから誠意を見せるしかないのだという。
「 事故は初めてか? 君はビックリしてるだろうけど、向こうはもっとビックリしてるんだからな 」
そう言われ、向こうの家族が血相を変えて走り回っているイメージが頭に浮かんだ。
机の上には” ひき逃げ事件の犯人を探して下さい ”という紙が貼られていた。夜の峠道で老人をはねて死なせた事件らしい。
重大かどうか、捕まったかどうかは見え方が違うだけ。免許を持っているからとあぐらをかいて、ドライバー意識が欠如していたのは俺と同じ。一線を越えた犯罪者に変わりは無いよ。


[PM13:05分頃]
派遣会社の担当者とファミレスで待ち合わせをしていた。
担当の人は事故以前から、3月いっぱいで退職することが決まっていたから、後任の人を引き連れていた。
担当者としての最後の仕事、後任者としての最初の不吉な仕事になる。
フツーにセーターを着て、フツーに紅茶を飲み、フツーに喫煙する(吸い殻がある)‥‥現場の地名も知らないフツーの女の子達を巻き込んでしまったことを心苦しく思った。
その頃には既に、世間と自分との間には壁が出来て、扉を開く鍵は、謝罪の言葉だけだと思うようになっていた。
その入り口には身を縮めないと入れない。
事故状況を説明するのは慣れたハズだと思っていたが、ほとんど言葉に出来なくなっていた。
昼時で満席のファミレス。女性二人を前にしてハンコを押すのは、壷や宝石の怪しい契約書ではなく、「 事故発生報告書 」なのだから更に力が抜ける。


[PM13:30分頃]
その二人と派遣先の会社に行き、守衛所で「 来訪者 」と書かれたバッジを貰い、会議室に案内された。
二人はジャケットを羽織って表情が引き締まっているように見えた。
会議室では新担当者の顔合わせと事故報告会を兼ねてやることになっていた。
職場の上司と総務課の6人程が集まり、派遣担当の人が経緯を説明してくれた。
勝手に事故を起こして平然と休んで呑気な奴、と思われるのは嫌だったから、この場に上司が来たのは嬉しいことだった。
総務の人が上司に「 仕事ギチギチやらせて疲れ過ぎてたんじゃないの〜? 」と聞いた。
上司は「 そんな言う程やらせてねぇよ。残業の量も大したことないし 」と言った。
確かに俺は、単身赴任で深夜残業を繰り返している人達に比べて随分楽していると思う。
それでも自分なりに、誰かがやらないと量が減らない仕事に、気を遣って協力して来たつもりだったからショックだった。


[PM16:00分頃]
被害者宅に電話をすると、再び旦那さんが出た。謝ることに抵抗は無かった。
旦那さんは今日になって体のあちこちに痛みが出たものの、通院する程ではないらしい。
奥さんはCTとMRIまで精密検査をした所、鎖骨と足の一部の骨折が分かり入院、4月7日に手術することになったという。
それで今は家と病院の往復でバタバタしてるから、見舞いは明日以降にして欲しいと言われた。
本当は加害者を相手する心境ではないだろうに、丁寧語で穏やかに接してくれたことに恐縮した。

つづく

2007年04月08日 19:24 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(0) |

きっと、きっと

キットカット1

キットカット2
団塊の世代が会社から居なくなる日が近いせいか、今年は新人採用が多かった。
定時後の更衣室では、平成生まれの若者達が、談笑しながら作業着を脱いで、真新しい背広に着替えている。
初心者マークを付けたピカピカの車で帰る姿は、入学式を終えたばかりの小学生みたいだ。
同期の仲間達は、これから先の数十年の間に、転属や転勤で近付いたり離れたりしながら関わり続けるんだろうな。
一緒にスタート地点に並んだ人がいると、時間は平等と思って、とりあえず会社に行こうという気持ちになるみたいだよ。
どうか、今のうちに絆を深めて欲しい。


いつもの缶コーヒーの自販機にキットカットが登場した。
キットカット風味のチョコレートドリンクかと思いきや、フツーに個装されたのが瓶に無理矢理押し込まれていて、6個入り180円だった。
冷えてるし、休憩時間で分け合って食べ切るには丁度良い量かもね。
これを考えた人にはOLキラーの称号を贈りたい。


我が県でも桜の開花宣言が出た。
会社の中の小さな出来事を書き留める春はもう来ないかもしれない。
それでもどんな形であれ、雪融けを信じていたい。

2007年04月14日 21:18 
日記 (写真・イラスト付き日記 vol.1) | comments(0) |

加害の心理 6

[3月31日(土)AM10:00頃]
自動車修理工場の人が家に来た。
凶器になった車と、その持ち主を相手するのは、仕事とはいえ気分の良いものではないだろうけど、サクサクと対応してくれた。
担当の人は、事故現場では気付かなかったヘッドライトカバーの傷やドアの傷を発見し、これも多分その時のものですね、一緒に修理しておきましょうと言った。見積もり額は30万円、直すのに1週間程掛かるとのことだった。
去年初めて保険会社を切り替えたのだが、車両保険付きのプランにして大正解だった。
修理と代車の費用は、免責金の5万円を払うだけで、あとは全部保険から下りるというのだ。
とりあえず、金の不安の1つが消えてホッとした。代車はダイハツのムーブだった。


[PM13:00頃]
ウチの母方の祖父が家に来た。俺のことを心配しているらしい。
母は、俺が転職と引き蘢りを繰り返していたことを親類には話していない。未だに洋服の生地を作っていると思われている。
初孫が結婚もせずに派遣社員なぞをやり、人を轢いて新聞に載った!
本当はこの事実を聞き出したいだけで、心配なんかしていないような気がした。
結局祖父とは会わなかった。


[4月1日(日)]
朝から情緒不安定。同じことを繰り返し言うこと、聞かされることにすごく腹が立つ。
保険会社の人にまで「 それ聞きましたよ 」などと当たってしまった。
子供扱いしないでくれ、一人でちゃんと向き合わないと反省材料にならない、と言っているのに、親はそれでは気が済まないと言って、病院へのお見舞いと、通報してくれたAさん宅へお礼をしに行った。


[PM14:30頃]
被害者宅に電話すると、お母さん(眼鏡のおばさん)が出た。
事故後、警察や保険会社や親戚など、沢山の人から電話が掛かって来ていたのだろう。
あ、今度は加害者さんね、どうもお世話様、という感じで、感情をぶつけられることはなかったので、落ち着いて謝ることが出来た。
俺が病院にお見舞いに行くのは構わないかを聞くと、家の人は法事と買い物に行ってて居ないから、また後で掛けて欲しいと言われた。
怒ってはいないけど、向こうの皆に避けられているような気がした。
体が異常に重くなって、しばらく動けなかった。


[PM15:30頃]
お見舞い品を買いに和菓子屋に行った。
こんな時は何がふさわしいのか解らない。俺が以前追突された時はチーズケーキを貰った。あれはうまかった。
自分が貰って嬉しい物、美味しそうな物と考えると、ドラ焼きの詰め合わせだった。
その後、お見舞い金を用意した。父方の祖父が祝儀袋を用意していたのだった。包むのは1万円が妥当だという。
ネットで調べると、「 加害者が被害者に見舞金を贈るのは百害あって一利無し。その金額程度の気持ちしかないのかと余計に怒りを買うことも 」と書いてあった。
どちらが常識的なのか解らない。自分が貰って嬉しいのは1万円の方だ。


[PM17:00頃]
再び被害者宅に電話すると、今度はお父さん(自転車のお爺さん)が出た。やはり謝らずにはいられなかった。
どうやらこのお父さんが病院との連絡係をしているらしく、その場で聞いてくれた。
ようやくお見舞いの許可が下りた。



[PM18:30頃]
病院に到着。俺は入院したことがないし、一人でお見舞いに行った経験もない。
傷付いた者・使い物にならなくなった者はどんどん切り捨てて行けば良い。
その代わり自分が負傷したら見捨てられても構わない。
そうならないように、せいぜいの努力をするのが生きるということ。報われなかったら後は知らない。ケセラセラ。
普段はそんな風に考えていた。
母が椎間板ヘルニアで入院した時も顔を見せなかった。
入院したら、仕事も家事も休むことが出来てラッキーなんじゃないの? なんていう気持ちがあった。
俺だったらそう思うからだ。

奥さんは外科病棟の6人部屋に居た。
部屋には不精な男のような臭いと、消毒薬の匂いが混じって漂っていた。
ベッド上の奥さんは両足と片腕をギブスで覆ったまま起き上がっていて、その周りを家族が囲んでいた。
娘さんは旦那さんそっくりで、眼鏡を掛けていた。旦那さんの眼鏡は事故の時に破損したから、保険で賠償することになっている。
「 この度は御迷惑をお掛けして大変申し訳有りませんでした 」と言って頭を下げ、
「 これ僅かばかりですが、受け取って下さい 」と、ドラ焼きと祝儀袋を渡した。
具合を聞いてみると、左鎖骨と左足の腓骨が骨折、右膝の骨にヒビが入っていて、痛いし動けないという。
奥さんは、何でアンタと話さなきゃなんないの? 同じ空気も吸いたくない、という感じの話し方と表情だった。恨みの籠った目付きだった。

当然だな。歩行者の聖域に飛び込み、日常を脅かし、予定や自由を奪い、痛みと不安を与えたんだから。
おまけに色んな人に同じことを聞かれ、話していたら余計にイライラするはずだ。
退院して会社に戻ったとしても、松葉杖で歩いていたら事情を知らない人にまで話し掛けられるだろう。
もし奥さんに嫁姑問題とか、職場でのいがみ合いがあったなら、感じるストレスは半端じゃないと思う。
苦しいのは奥さんだけじゃない。旦那さんも直接の被害者だし、子供さんの春休みは暗いものになってしまった。
恨む理由は軽く50個位は見つかるんじゃないだろうか。
私達は何も悪いことしていないのに! 旦那が退院したばかりなのに! 春なのに! こんなに天気が良いのに!


俺は恐怖を感じて、その場から逃げ出したくなった。
相手は普通の人で、普通かそれ以上に平和を願い、努力をして来たはずだ。後はどうなっても良い、なんて思ってはいないはずだ。
想像すればするほど罪悪感が押し寄せて来た。
旦那さんから、書類記入に必要な情報を聞き出すと、後は言葉らしい言葉が思い付かなかった。
再び謝罪の言葉を絞り出し、しばらく頭を下げ続けた。
つづく

2007年04月16日 01:39 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(7) |

加害の心理 7

[4月2日(月)]
返品されて来た製品の故障原因を解明してお客様に報告する仕事。
その仕事で捨て金を稼ぐ為に、車で会社に向かう‥‥。
今の自分にとってそれらは、苦手なスポーツの選手にされるような、全くワケの分からないことになっていたが、普段通りに出勤した。
朝礼では事故の報告と、今後呼び出しがある時、仕事を抜けて迷惑を掛ける可能性があることを皆に伝えた。
正直仕事どころではないです、集中出来ずにミスするかもしれません、なんて本音も言いたかったが、加害者がそんなことを言ってはますますタチが悪いと思って言わなかった。
俺に対しては、以前と変わらず接してくれる人もいれば、すっかり距離を置く人や、事故の時近くを通ったけど、お前の対応は最低だな、なんてわざわざ教えてくれる人もいた。
過去に人身事故を起こしたことがあって、現在は落ち着いているという人の経験談は実にありがたかった。
2・3ヶ月後に通知が来て、3日から1週間位の免許停止を命じられるだろう、でも講習を受ければ停止は免除されるはずだと教えてもらった。


上司と話す機会は増えた。
被害者の職場が近隣の会社だった場合とか、被害者が社内に怒鳴り込んで来た場合とか、皆に不安の連鎖が起こるとか、あらゆる状況を想定しなければならないから、徹底的に情報を集めたいのだという。
派遣会社の担当者が作成した『 事故発生報告書 』には修正を求められた。
「 自分がハンコを押す物は自分の分身だと思って、責任持ってやらないとダメだぞ 」
この上司の口癖だ。言われてみればその通り。
この人は片親だったらしいから、ハンコ1つの重みを昔から噛み締めているのかもしれないな。
俺はこれまで、ケータイの買い替えにしろ保険の契約にしろ、必要書類は、担当者や店の人など詳しい人に準備してもらって、サラッと目を通してハンコを押すだけのことが多かった。それで何とかなっていた。
現に今も、警察と保険会社が正当な手段で解決を用意してくれていると思っている。
しかし今回は、会社にとって俺が唯一の証言者だ。俺がしっかり説明しないと会社は不安に晒されてしまう。
おい31歳、もう若僧じゃないんだ、自分が起こしたことの清算も出来なくてどうする。
そう言われたとしたら誤魔化せない歳になったんだなぁ。


[4月3日(火)]
仕事中に3回程、派遣会社の人とやり取りした。定時後に派遣会社の事務所に行くことになった。
給料は毎月確実に振り込まれているが、事務所に行くのは初めてだった。
担当者に事故発生報告書の修正を確認して貰った後、今月分の給料明細を貰った。
そして、今までの働きぶりが評価されたので、来月から時給が上がることになってますよ、と言われた。
でも俺は6月で退職したいと告げた。
今の職場に勤めて、6月でちょうど3年になる。28歳から31歳になった。
もともと借金返済の為に3年の予定でスガリついた仕事だ。雇ってもらうのはありがたいことだけど、もっと興味が持てる仕事をしたい。もう少し手応えを感じられるような……。
辞めることは事故以前から決めていたことだけど、事故をきっかけに逃げる人だと思われてもしょうがないな。
辞めるつもりだったからこそ、通勤で気を抜いて事故を起こしたのかもしれない。


それから週末まで急ぎの仕事依頼が続いた。
上司は有給を取った人、定時で帰った人にはいつもそうさせるから、迷惑を掛けた俺に重要依頼を回すのも不思議ではない。
しかし俺の方は、自分の判断力が信じられなくなったばかりか、体に変化が起きていた。
よく眠れない時もあれば、夕食後すぐに爆睡する時もある。
何故か視力はめっきり落ちて、酷いガチャ目になった。
以前と同じように作業しているつもりなのに、時計は異常に進んでいる。
自分が制御出来ない。何をしてるのか分からなくなる。


[4月6日(金)事故から8日後]
代車のムーブは車内は広く、運転席の視界が良くて快適だ。
でもさすがに軽自動車で、静粛性や加速性能は普通車に比べて劣っている。
俺はキビキビした走りにこだわりを持っていて、信号が青になってもなかなか発進しない車を疎ましく思っていた。それから煽り気味で付いて来る車の運転手にムカつきがちだった。
ところがムーブに乗ってみると、スピードは出ないやら、前方広々で接近したくなるやらで、こんなにも車の違いは大きいのかと驚いた。

帰って来てから、警察から留守電が入っていたことに気付いた。
月曜の午後に話があるので来て下さい、時間は…の所で留守電は切れていた。
警察に掛け直すと、担当の人はもう帰宅しているから、月曜の午前中にもう一度掛け直して欲しいと言われた。
嫌な予感がした。

つづく

2007年04月29日 05:05 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(5) |

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