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プロペシア開始

現在、鏡の向こうの自分は、前髪は無く、屈まなくとも頭頂部が見える状態。
頭部からツルンとした生き物が産まれようとしている。
老化が目に見えて加速しているのに、元気です・健康です・まだまだやれます、なんて簡単には言えない。
ハゲが嫌なんです。


◆2007年4月28日
萬有製薬のホームページで、AGA( Androgenetic Alopecia:男性型脱毛症 )の相談受付病院として紹介されている中から、近所の心療内科医院を見つけた。
ハゲ治療のついでに心持ちのアドバイスなんかを貰えたら最高だ。
予約の為に早速電話すると、
「 ウチでは扱ってないですよ。そういうのは専門の皮膚科医院に行って下さい 」
と言われた。なんだ、ウソ情報じゃん。


市内で紹介されている皮膚科医院は1つだけだった。人気があって混んでいるのは分かっているから、避けたいと思っていたが仕方ない。『 うす毛・抜け毛 ご相談カード 』を印刷して持って行った。
受付の人に診察券と保険証とそのカードを見せて
「 これお願いしたいんですが‥‥ 」
と言ったらそのまま受け付けてくれた。
40分程待つと数名同時に名前を呼ばれ、診察室の前の椅子に案内された。
助手さんが1人1人に症状を聞いていて、皆の前で言うのは恥ずかしいな、と思っていたが
「 今回は頭の方で‥‥? 」
と気を遣って聞いてくれたので、そのまま返事をするだけで済んだ。


診察室には爆笑問題のポスターが貼られていて、ちゃんとした相談受付医院なんだなと思い安心した。
先生は、俺がプロペシアの処方を求めているのを理解してくれたので、話は早かった。
「 今は31歳か‥‥いつ位からこうなったの? 」
「 (額と頭頂部が露出レベルになったのは)28歳位からです 」
「 ふーん、この薬は臨床では50%位らしいけどねぇ、ウチでは今まで30人に処方して、90%位は効果出てるよ。まあ短い毛がちょっと生えた程度の人もいるけど、中にはフサフサになった人もいるよ。
  リーブ21とか今色々出てるけど、そんなのに1ヶ月何十万も掛けるのは馬鹿馬鹿しい。それに比べたらこれは捨て金みたいなもんだ 」
この言葉と、フサフサのジェスチャーはすごく頼もしかった。
なんでもっと早く来なかったの?、という意味も感じ取れた。
ダメ押しとばかりに、プロペシアの案内パンフレットを3册貰った。
1日1錠、まずは6ヶ月使ってみて、効果が出て使い続ければその後も維持出来る。
急に止めると余計に抜けるから、止める時は2日で1錠・3日で1錠と徐々に減らすと良いという。
「 もう一回頭見せてくれるかな? うん、これから楽しみだね。まず6ヶ月一緒に頑張りましょう 」
最後にそう言われ、本当に楽しみになった。


他の薬と同様に、処方箋を貰って薬局で受け取るのかと思っていたが、会計の時に渡された。
保険適用外で10,500円だった。
プロペシア画像●販売名:プロペシア錠1mg (1箱28錠入り)
●キャッチコピー:飲む発毛剤
●製造販売元:萬有製薬株式会社
●有効成分の名称:フィナステリド
●規制区分:劇薬・指定医薬品・要処方
●効能・効果:男性における男性型脱毛症の進行遅延。抜け毛の原因となる男性ホルモンの働きを抑制し、抜け毛を予防・改善する
●副作用:使用者の1%程度に性欲減退・勃起力低下などが見られた


◆4月29日
効果はもちろんまだ不明。深夜に胸の痛みが発生したが、夜更かしのせいなのか薬のせいなのか不明。
◆5月2日
カップ麺の『 とんがらし麺 熟辛 』を食べたら頭の毛穴に痛みを感じた。そんなのはまあ、昔からだけど。
◆5月4日現在
特に異常なし。今後の変化は月イチ程度で記録予定です。

2007年05月04日 05:00 
健康 (プロペシアの記録) | comments(4) |

加害の心理 8

[4月7日(土)AM10:00頃]
折り鶴写真修理に出した車が、ほぼ元通りになって戻って来た。
生産中止になった車種なので替えの部品の入手に時間が掛かっていて、交換可能になり次第、再度預かるということだった。
以前ドアを交換した時は九州から取り寄せたらしいから、今回も全国規模で捜索されているのかもしれない。
事故を起こせば保険は3階級下がって翌年からの料金が上がる。車の修理歴は増え、中古査定に大きく響く‥‥そこまで想像していなかったから、我が車と過ごした10年をしみじみと想ってしまった。
修理担当の人は何も言わなかったが、助手席のダッシュボードには折り鶴の置き物が飾ってあった。
これを飾っていれば、時々事故のことを思い出して運転に慎重になれそうな気がした。


[PM13:00頃]
母親が突然ヒステリーを起こして、俺の部屋の物を捨て始めた。
俺の部屋には、念の為にと取ってある領収書や包装箱、クーポン券などが散乱している。
いつかは役に立つだろう、大事にしておこうと思っていた物は結局使わなかったし、使える状態にもなっていない。
今にして思えば、自分が築き上げて来たつもりの価値観だって怪しい。
危ない橋は渡らないように、なるべく得をするように考えていても、今という結果が希望通りでないのなら、考え方・やり方は間違いだった可能性が高い。
マイペースを貫くどころか、無駄に埃が積もって身動きが取れなくなっている。
母は結局、服の下に埋もれたエロ本を見つけて我に帰って去って行った。
それからしばらくして弟が部屋に来たので、事故のことを話した。茶の間からは姪の泣き声が聞こえた。
もし弟が加害者になったら、嫁さんやその家族まで巻き込んでしまうんだなぁ。
俺は独身で良かったと思った。


[4月9日(月)AM9:00頃]
仕事中に抜け出して警察に電話を掛けた。
相手方の聴取が終わったから、双方の言い分をまとめた調書を作成したい、午後に署に来て欲しいとのことだった。
午後は早退させてもらった。小学校以来の早退だった。
俺はこれまで、学校であれ会社であれ、正当な理由がなければ休まないタイプだった。休むほどの大病はしなかったし、近親者が亡くなることもなかった。
滅多に風邪はひかないが、とりわけ元気でもない。そんなテンションで皆勤し続ける奴。
マジメにやるから文句は言わないでくれ、そんな態度で自分を守って来た。


[PM14:30頃]
警察署に着き、交通課の取調室に呼ばれた。密室はやはり緊張した。
部屋の中央には仕切り壁があって、向こうの席では若い兄ちゃんが、貸した車で起きた事故のことを聞かれていた。
俺が呼ばれた机の上には、USBメモリが挿さったノートパソコンとプリンターがあった。
すっかり顔馴染みになった警官のBさんは、改めて俺に本人確認をし、被害者の診断書を見せた。
旦那さんは臀部打撲で全治1週間、奥さんは鎖骨と腓骨の骨折で全治2ヶ月とのことだった。
それから、車と歩行者の経路が書かれた手描きの地図を見せられながら、いつ・どこで・何故・どうなったかを1つ1つ確認された。
言いたくないことは言わなくても良い、いわゆる黙秘権があると言われたが、実況検分の時から証拠は変わっていないから肯定の返事をし続けた。
調書はその場でノートパソコンで作るらしく、Bさんは入力しながら聞いていた。


そして現場で撮った写真を見せられた。証拠写真を撮るのだから、警察では高精細の立派なカメラを使っているのだろうと思っていたが、昔の使い捨てカメラ並みの画質だった。
Bさんはピンボケ写真を見せて
「 これ見え難いけど街灯写ってるの判るだろ? 道路の視界は悪くないハズなんだ。ある程度明るかったら不注意で済むけど、暗かったら闇雲に運転して轢いたのと同じになっちゃうからな 」
と罪を軽減する方へ導いてくれた。
自分が不利になる方へ誘導されたとしても、反証まで持って行く自信がないし、自棄になって認めてしまいそうだった。
続いて、破損した車を指差す俺の写真を見せられた。
写真の中の俺は、フラッシュに照らされておぞましい姿をしていた。
顔色も表情も、髪のスカり具合も、人間らしさとは程遠く、汚い内臓をさらけ出したような気分になった。
自分が憎い。自分のしたことが憎い。
この写真を見た被害者は恨みが増して当然だと思った。

つづく

2007年05月06日 23:13 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(0) |

加害の心理 9

全ての確認が終わると、Bさんは調書を印刷し、俺のハンコを求めて来た。
紙には『 被疑者供述調書 』と書いてあった。
《 自分がハンコを押す物は自分の分身だと思って、責任持ってやらないとダメだぞ 》
上司のこの言葉を思い出して隅々まで目を通し、ハンコを押した。
これが手元にあれば、慢心が引き起こした害悪をいつでもリアルに思い出せそうだ。
コピーは貰えないですか? と聞いたらあっさり拒否された。取り戻せないものが増えて行くことに悔しくなった。
この調書は警察署長に渡り、その後検察へ送られるから、疑問点が見つかればその都度呼び出しする可能性があるという。
「 いいか、君のしたことは業務上過失致傷罪になるんだ。業務上っていうのは免許を持って運転してる状態。過失は不注意。致傷は傷を負わせたということ。万が一死なせてたら致死になるな 」
俺がこの罪に当てはまるとは思っていなかった。運転手とか医者とかが仕事中にミスして迷惑を掛けるのが ”業務上” なのだと思っていた。


「 今回は我々が現場に到着するのが遅かったから書類送検という形になるけど、本当は逮捕事案なんだぞ。身柄を拘束してそのまま検察に送ってた所だ。そしたら新聞に ”さん”付けでは載ってなかったぞ。
  検察は裁判所に公訴して、君にどれだけの罰を与えたら良いか決めてもらう。まあ懲役か罰金だな。罰金は前まで最高50万だったけど、去年から100万になったんだ。
  50万でも100万でも払うのは簡単なもんじゃないな。判決が下るのは何ヶ月か先のハズだから、今のうちにお金稼いでおかないとな。
  それから刑事処分とは別に、行政処分っていうのもある。免許センターに聞いてみたら、君の場合は事故は初めてで、全治2ヶ月のケガをさせたから、違反点数は11点、免許停止60日になるそうだ。講習受ければ半減してもらって30日か。
  もちろん免停中に運転したら一発取り消しになるし、免停前に小さい違反を起こしてもダメだ。
  もし全治3ヶ月行ってたら免停期間は90日になってたんだぞ。これで済んで良かったと思わなきゃ 」


なんということだ。
俺は今までですっかり罰を受けた気でいたが、本格的な罰はまだ始まってもいないのだった。
想像以上の罰の多さに圧倒された。
Bさんは悪を憎みつつ、改心を願いつつ、親切心で先々のことを教えてくれたのだと思う。しかし
「 現行犯逮捕だったら今ごろ刑務所に入れられてたんだぞ。刑務所入りたくないだろ? 」
という言い方には恩着せがましいものを感じた。
「 冗談じゃない! こんなの生き地獄だよ。刑務所入った方がマシだ! 」
俺はそう言いたいのを無理矢理抑えて呼吸が乱れた。
取調室を出る時には不機嫌になって挨拶しなかった。

それでも車を運転して家まで帰らなければならない。
運転するなと言われているようなものなのに、運転している自分。もうワケが分からない。
四方八方から人が飛び出して来るような気がする。
ブレーキをギュッと踏んでハンドルをガッと切って、ギリギリで避けられそうでも、結局は轢いてしまうんだと思う。


罰金は30万位なら何とかなる。しかしそれ以上なら借金が確定する。
借金が確定する‥‥完済までのあの惨めな日々がまたやって来る。
借金恐い‥‥借金恐い‥‥欲しい物は我慢、修理や治療も我慢、金を使う度に起こるあの罪悪感。
返済が滞らないように、倒れて休まないように、勤め先をクビにされないように、気を張って過ごす日々。
欲を抑え、感情を抑え、鬱にまみれながら過ごすあの日々が、またやって来る。

借金生活と刑務所暮らしのどちらが良いかと聞かれれば、俺は刑務所の方を選びたい。
一度は刑務所というものを経験してみたいし、魅力を感じている。
敷金礼金不要、生活費交通費不要。作業場まで駆け足ですぐそこ。通勤中に人を轢くこともない。
刑務所に入ったら、こんな呼び出しにオロオロせずに、被害者により深く謝罪する気持ちになれるんじゃねーの?
禁煙する良い機会になるんじゃねーの?
規則的な生活と強制ランニングで、今より健康になれるんじゃねーの?
変化の無い毎日とか、味気ない食事とか、そんなのは今と変わんねぇんじゃねーの?
既にハゲ散らかってるから坊主に違和感は無いし、囚人番号で呼ばれるのはハンドルネームと変わんねぇんじゃねーの?
中途半端なデザインの経験とか、工場勤務で培ったものはここで発揮されるかもな。
木工・工芸・裁縫・マシンオペレーション、半田付けも幾らか出来るぞ。騒音にも慣れてる。
優良受刑者になる自信がある。これまでの人生は刑務所に入る為にあったんだと思う。


刑務所に入りたい‥‥そう思った時、雲の隙間から黒い稲妻のような光が走るイメージが湧いて引き寄せられた。
すぐ刑務所に入るにはどうしたら良いか。小学生でも知ってることだ。
人を殺しちゃえば良いんだよ。
誰でも良いから、最初に会った奴の心臓を止めちゃえば良いんだ。
ほらちょうどホームセンターが見えて来た。包丁と金槌どっちが良いと思う?
俺は包丁の方が良いと思う。馬乗りになって、肋骨の隙間から心臓をえぐりたい。
俺の脳は抵抗して頭皮の裏側を痺れさせようとしている。目の後ろ側がジンジンして来た。
これが運命を変える感覚か。
いきなり飛び掛かられたら相手はビックリするだろうな。血が出てすごく痛いと思う。
うん、だから早く死んでくれよ。


‥‥すごく迷ったが、行動には移さなかった。
刑務所暮らしは安定しているかもしれないが、別の厄介ごとを想像したからだった。
例えば寝る時。ペラペラの薄い布団で、枕元には使い込まれた便器があるんでしょー? 周りのオッサンのイビキとか寝言とかもお構いなし? そんなのは嫌だ。
例えば刑務作業。製品をイチから作り上げるんなら良いけど、延々と部品繋げるだけだったら嫌だ。
休日は無いんだろうな。遅く起きて『 いいとも増刊号 』を見ることも無いんだろうな。
周りは犯罪者ばかり? ヒドい人間と付き合わなきゃならないのか。ここにも上下関係があるのか。
オイ! ケツの穴はウンコを出す所だよ。チンポ入れる所じゃないっつーの! そのチンポをお掃除フェラしろって? 汚ねぇな〜どんだけオカシクなってんだよ!
受刑期間が終わったとして、それからが絶望的かもな。
フツーの会社にはもう入れないだろうな。俺が経営者だったらそんな危険人物雇いたくないし。
重労働・低所得、周りはヒドい人間ばかり、そんな仕事しかなくなるんだろうな。
じゃあどうすりゃ良いんだ?

つづく

2007年05月14日 01:52 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(4) |

加害の心理 10 契機

警官のBさんはこうも言っていた。
「 車の免許は公道を運転する権利を与えられるものだけど、権利には必ず義務が付いて来る。
  ハタチになったら選挙権が与えられるけど、同時に納税の義務が発生するのと同じことだな。
  免許は車を自由に乗り回しても良い権利じゃなくて、事故を起こさないように努めるなら公道を走っても良いですよー、という許可証なんだ。
  つまり運転者には安全運転する義務と責任があるんだ。君の場合はボンヤリしてどこか見ながら曲がっただろ?
  人間誰でも集中が切れることはあるだろうし、事故を起こすまでなかなか気付かないけどな‥‥不注意だけでも安全運転義務違反で処罰の対象になるんだ。
  運転する時はいつもそれ位の緊張感が必要なんだぞ。自分の都合で運転してもらっちゃあ困る。歩行者の立場にしたらそうだろ? 安心して道歩けなくなっちゃうからな。
  規模は全然違うけど、飛行機とか電車で考えてみると良いな。運転手がボンヤリ運転で事故起こして何人も死んじゃったら、簡単に許せるもんじゃないだろ? 」

緊張し続けるのが無理なら運転なんかするな、贅沢言わずに歩け歩け、そういう風に聞こえた。
俺は車を体の一部のように思っていたから、そこまで覚悟していなかったし、一線を超えるまではギリギリでも安全の範囲だと思っていた。
果たしてこれから先、気を抜かずに運転し続けることが出来るだろうか。
爺様になっても気を張っていられるだろうか。常に徐行運転する訳にも行かないし。
いっそのこと、もう誰も傷付けないように、車に乗らないことにするか。
運転不要で落ち着ける場所‥‥それは刑務所なんだろうと思った。

 
[4月10日(火)事故から12日後]
上司に免許停止になることを報告した。
じゃあその期間の通勤はどうするんだ?と聞かれ、タクシーしかないですねぇと答えた。
家と会社を往復するには車しかない。自分で運転出来ないならタクシーしかない、そう考え、タクシーの座席から見える景色を既に思い描いていた。
「 お前の家からだと片道3,000円は取られるぞ。往復で6,000円だとしたら1日働いた分のほとんどになるじゃねぇか。それじゃあきっと会社に来るのが嫌になる。もっと他に‥‥自転車とかないのか?」
と聞かれ、
「 自転車はありますけど、ウチの人が使うんで 」
と答えた。たとえ自分用のがあったとしても、朝からヒーコラ1時間近くかけて通うのは嫌だし、雨の日や残業後の夜道を想像すると気が進まない。
タクシー代を引いた1日分の稼ぎが2,480円にしかならないとしても‥‥どうせ罰なんだからと諦めていた。
「 そうだ、電車で来るっていう方法もあるな。まだ免停まで時間があるんだからさ、どうしたら良いか考えておけよ 」と言われた。


[4月11日(水)]
ネット友達のノレさんから手紙が届いた。
ノレさんとは実際に会ったことはないけれど、顔と声を知り合っている仲だった。当然、俺が加害者になったことも知っている。
1ヶ月程前、激しい言い合いをして決別しそうになったけど、それがお互いの独占欲から来るものだと知り、愛おしさにたまらず俺が告白していた。
手紙にはまず、その日1日の出来事と、晩御飯に鰺の生姜煮を作ったこと、ドンキで買った圧力鍋が大活躍していることが書いてあった。
そして告白については、最高に嬉しい返事が書いてあった。
手紙は記憶の染み込んだ皮膚のようであり、呼吸を楽にする湿布のようにも感じた。
気を張り詰めなくても動いている世界や、日常の楽しみ、慈しみの心‥‥俺の知りたかったこと全てを見せてくれたように感じた。
刑務所の中で手紙を貰う人はこんな気持ちかもなぁ、とも思った。
取り戻せないものは今後も増えて行くかもしれないけど、確かなものはこれから作れば良いんじゃないか。
ほら、手を広げて待ってくれてるじゃないか。
そう思うと、なんだか頭の中が真っ白になって涙が出た。


[4月13日(金)]
ノレさんはいわゆるお年頃で、独りじゃない未来を望んでいるから、中途半端な気持ちで付き合うのは失礼で残酷なことだ。
自分の人生さえままならないのに、人を巻き込むなんてとんでもない。俺はそう思って結婚や家庭なんてものを考えないようにして来た。
義務や責任は厄介なものにしか思えなかった。もちろんそこには、自信の無さや不安や、自分に対しての諦めがあるからだった。
しかし、そんなダメパワーが今まで役に立ったことがあっただろうか。慎重で良いことがあっただろうか。
小さなトラブルは避けられたかもしれないけど、同時に、小さな安全地帯しか作れなくなってしまった。
その安全地帯は強固なものかというと‥‥あっという間に壊れちゃった!
ならいっそのこと、悪いことは考えないようにしてみようか。
良いと思うことを、ひたすら積み重ねてみようか。
憧れの人をひたすら守って行こう。置いて行かれないように努力しよう。
それは多分きっと、良いこと。良い結果になる。
電話を掛け、改めて告白した。
「 一緒に生きて下さい 」と言わずにはいられなかった。
「 こちらこそ、よろしくお願いします 」と言ってくれた。
こうして遠距離恋愛が始まった。


[4月14日(土)]
歯医者で右下5番目の新しい冠を作ってもらった。
白いのを作る場合、反対側や周囲の歯の色と合わせる必要があるが、俺にはほとんど天然の歯が残っていないので、前回の色決めの際は時間が掛かった。
中学の時、虫歯で前歯2本を失って以来、歯医者には長いことお世話になって来た。
全ての箇所の虫歯の治療が終わっても、古くなった義歯が壊れてまた通院が必要になるのだった。
大人になって、再び前歯が壊れてアウアウとしか喋れなくなった時は引き蘢ってしまった。
悩みは歯のことだけじゃないが、その割合は大きい。
新しい冠は25,000円で済んだ。治療は今回で終わりらしい。
しかし今度は、右下の親知らずの抜歯を勧められ、口腔外科の紹介状を書いてもらった。
食事の時はまだ右側で噛まない方が良いようだ。
どんどん金が飛んでくね。どうせならこの際、悪い所を全部取り祓っちゃおうか。

つづく

2007年05月23日 03:36 
日記 (プチ事件・トラブル) | comments(0) |

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